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ふるさとのみち

太子町の古墳・遺跡・街道

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敏達天皇陵

敏達天皇陵太子町につくられた最初の天皇陵。また太子町でただひとつの、前方後円墳(全長113m、2段造り)で、はにわが並べられ、周囲には空濠がめぐらされています。
第30代敏達天皇と母親の石姫皇后の墓といわれています。

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推古天皇陵

推古天皇陵日本最初の女帝、33代推古天皇の墓で、一辺の長さが60m、高さ11mの方墳。推古天皇の子、竹田皇子(たけだのみこ)も一緒に埋葬されているといわれています。

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二子塚古墳

二子塚古墳方墳を2つつなげためずらしい形の古墳で、東西の方墳には、ほぼ同形同大の横穴式石室と家形石棺が納められています。
このことから、地元ではこの古墳こそ、本当の推古天皇と竹田皇子のお墓と伝えられています。

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小野妹子墓

小野妹子墓日本で初めて、中国へ遣隋使として数回派遣された小野妹子の墓と伝えられている塚です。

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孝徳天皇陵(山田上ノ山古墳)

第36代天皇の陵墓で、直径32mの円墳です。小規模ながら、美しい御陵の代表として枕草子にも紹介されています。
別名うぐいす陵と呼ばれています。

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聖徳太子御廟

聖徳太子御廟推古天皇の摂政として、十七条憲法や冠位十二階の制定、遣隋使の派遣などの進んだ政治制度や文化を取り入れた聖徳太子は、磯長の地に葬られました。
太子墓は円墳で、内部は横穴式石室です。
太子と母君の穴穂部間人皇后、妃の膳郎女の3人の棺が納められていると伝えられることから、三骨一廟と呼ばれています。

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鹿谷寺跡【国史跡】

鹿谷寺跡【国史跡】奈良時代に二上山山麓に造られた鹿谷寺跡は、凝灰岩の岩盤を掘り込んで作られた大陸風の石窟寺院です。
奈良時代にまでさかのぼる本格的な石窟寺院は、我が国では二上山山麓以外には知られていません。

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岩屋【国史跡】

岩屋【国史跡】竹内街道の間道である岩屋越近くに位置する岩屋は、奈良時代に造られた大小2基の石窟から成る石窟寺院です。石窟の中央には凝灰岩で造られた石塔があります。
鹿谷寺と共に、我が国で唯一の大陸風の石窟寺院です。

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泥掛地蔵

泥掛地蔵お堂の中に納まった立派なお地蔵さん。その堂は、塀囲いされた内陣と、前と左右が吹き抜きの外陣からなる珍しい造りとなっています。
この地蔵尊に関する記録は全く残っていませんが、昔から堂の南側にある池の泥を、この地蔵尊に塗り付けて祈願すると願いが叶えられるといわれ「泥掛地蔵さん」と呼ばれるようになりました。
戦後まもなく、泥を掛けないで祈願するようになりましたが、その効能には変わ…(続きを読む)

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